そこは一切の光も受けつけず、その存在そのものが網膜を重たく感じさせる程の暗闇だった。
 ショウが「望みの部屋」からたった数メートル進んだだけで、暗闇はみるみる内に「望みの部屋」を覆い、その存在を打ち消してしまった。
 ショウの胸にじんわりと喪失感が広がる。あの部屋に未練が無かったワケではない。
 しかし、彼はそこで立ち止まる訳には行かなかった。前を向き、正に暗中模索しながら歩んで行く。
 ふと……、
「前って……どっちだよ」
ショウの独り言が闇に溶ける。どうやら、早くも空間把握能力が失われて来ているらしい。
 それでも先へ先へと進んでいくショウ。どちらへ向かうとも知れずに。
 暗闇はそんなショウに対して、攻勢を緩めなかった。
「うぉ!!」
突然訪れた、下へ下へと落下していく感覚。地に叩きつけられる気配すら見せず、只々ひたすら落下感だけが延々と続いていく。
(ヤバイ……! 前が分からんどころの話じゃねぇ!! このままだと精神ごと闇に持ってかれる!!)
とっさにショウは《風翼》の魔法を唱える。
大気の翼を我に!《風翼(ウィル・バー)》!!!
普段ならばここで目には見えない風の翼に護られ、この暗闇を滑空することが可能となるであろう。
だが、ここでは翼どころか、一陣の風すら起こらなかった。
「グッ!光よ!全てを照らせ!《光玉(リ・ピース)》
苦し紛れに、闇を《光玉》で照らしてしまおうと考えたショウだったが、簡易魔法である《光玉》でさえ、発動することはなかった。
『全てを失う』
絶望し始めたショウは、くだらないまやかしと決め付けて蹴り倒した、ドアに貼られた張り紙の最後の忠告を思い返してしまった。



 「フェイク……、汝一人では 我を倒すこと 叶うまい。三つ 理由がある」
抑揚をきかせ、ゆっくりと語りかける《ショウ》。フェイクはそれを無視して10枚のカードを投げ、《ショウ》に触れる手前ギリギリの四方八方へと転移させた。
 瞬間、現れたカードが《ショウ》をズタズタに斬り刻む。一度《ショウ》を斬ったカードは、再び彼に触れる手前に出現し、際限なく彼を斬りつける。
 だが、《ショウ》は微動だにすらしない。
「一つ目の 理由」
彼は尚も斬られ続ける身でありながら、はっきりと声を出して言った。よく見ると、その傷だらけの全身からは、一滴たりとも血は零れていない。代わりに傷口からは、先の戦闘員によって受けた銃創の時と同じく、ドス黒い液体が溢れてだしていった。それらはまるで生き物の様に蠢き、傷口を覆って凝固する。
 やがて、黒く染まっていった《ショウ》の身体に、カードは弾き返されてしまう。
「我は 不死身なのだよ」
顔を覆ったドス黒い仮面の下で、《ショウ》はニヤリと哂った。
 フェイクの額から一筋の汗が零れ落ちる。
「二つ目の 理由」
《ショウ》が凄まじい速度で突進してくる。加速と共に彼の背から場違いな程真っ白な一対の翼が出現する。
フェイクは反応する隙さえ与えられず、次の瞬間には中空へと投げ出されていた。《ショウ》の膝による一撃を顎に受けたらしい。
 《ショウ》は飛翔しながらフェイクの後を追う。そしてフェイクの長い金色の髪を左手で捉えると、そのまま中空で押さえつけて、剣化した右腕でメッタ斬りに斬りつけた。何度も。何度も。痛めつける様に。そして己に逆らう者どもへの見せしめの様に。フェイクの赤い鮮血が荒野へと降り注いだ。
「汝の命は有限である」
トドメとばかりに、彼は剣化した腕でフェイクの腹部を串刺しにした。
「グボァッ!!」
フェイクの口内から血塊が吐き出される。
「フェイク!!」
フィルはフェイクの背から突き出した、黒くそして赤い鉄塊を見て我に返り、彼の名を叫んだ。そして、マイク・セイバーのウィップフォームを上空にいる《ショウ》の足首へと放った。しかし、《ショウ》は巧みに翼を羽ばたかせ、ホバリングしながら軽く鞭の攻撃をあしらう。
「三つ目の 理由。汝と共に 我を封じた あの 憎み切れぬ 魔法戦士 コクトは もはや この世に いない。汝の味方は あの か弱き小娘のみ」
《ショウ》はフェイクの耳元で囁いてから、右腕の剣をねじり抜き、髪の毛も離す。重力の法則に従って、フェイクが落下していく。
「くっ!」
フィルはその落下点へ行き、血まみれのフェイクを受け止めた。落下の衝撃と、フェイク自身の重みが細い彼女の両腕を軋ませる。
 フィルはフェイクをその場に優しく寝かせた。
「……ワシはこの場に置いて、フィルだけでも逃げて……。アレは、ワシが……、きっと……ショウに、戻す……から」
「出来るワケないじゃん。そんなに血が出てるのに……。治療に専念しなきゃ、流石にフェイクでも死んじゃうでしょ。アタシが時間を稼ぐから、その間に……」
「……ダメだ。そんな……生易しい相手じゃないの……、分かってるだろ……」
フィルはフェイクの細い声を無視して立ち上がった。
「待たせた……ね」
「あぁ。くだらない感傷 いい加減にしてもらおうと 思ったところだ」
フィルは鋭くその男を睨みつけ、同時にフェイクに闘いの被害が行かぬ様、じりじりと位置をずらしていく。
「やっぱりオマエ、ショウじゃないよ。ニセショウめ」
「我以外に生は存在しな……」
「ショウはもっと優しかったんだ。そりゃ短気でワガママでエロくて挙句の果てにはヒキョー者だったけど。オマエと一緒にすんな」
フィルはその男の神を気取った喋りを遮って言い放った。
「だから……あのクズとオレ様を同一視すんじゃねえぇェェエエ!!!!」
その瞬間、《ショウ》の全身から憎悪に満ちた彼のマナが放たれる。フィルはたったそれだけで吹き飛ばされてしまった。しかし、フィルはまるでへこたれた様子を見せずに立ち上がり、
「おぃおぃ。アレだけ気取った喋り方晒しておいて、結局本性ソレ?ヘボい悪魔と大した変わんないな〜。あぁ、ソイツ等?ことごとくやっつけちゃったよ?」
と痛烈に挑発した。
「貴様ァ!!苦痛の中で確実に殺してくれるわ!!奴を二度と復活させられぬ様になッ!!」
《ショウ》は翼をはためかせ、フィルの頭上へ到達した。
「なんとでもすればいいよ。簡単だ。でも、アタシを殺したら全国一億5千万人のアタシファンが黙ってないと思うよ?まぁ、試しにやってごらん」
「その軽口、二度と叩けぬ様にしてくれる!!《死聖波動(ネクサカノン)》!!!!」
紫色(ししき)の巨大な波動が立て続けに12発、フィルへ向けて撃ち込まれる!!
「フィル!!」
フェイクはフィルの身を案じて叫んだ。ここまでの波動攻撃である。生存は絶望的とさえ思われた。立ち上る土煙の中、フェイクは傷の治療すら忘れて目を凝らした。
「魔王に……なっちゃったみたいだね。期待……してたんだけど」
フェイクは土煙の中に、フィルの前立ちはだかって彼女を護り抜いた、忍び装束の少年を確認して、表情を緩めた。
「……ごめんね。死んで……もらうよ」
少年はフィルに何かを呟き、《ショウ》に向かって襲い掛かった。


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