こうしてショウは遂に街の中に入ることが出来た。
街の歩道を少し歩いたところで少女の歌は止まり、それにつられてショウも足を止めた。もう導く必要は無いのか、はたまた調度良く歌い終えただけなのか。どちらにしても、ショウはあの声を、フィルのものと確信した。
成長したフィルに会いたい。
だが、彼女がこの街にいるとしても、探して会うとなれば労力は馬鹿にならない。
記憶を手がかりにしようにも、物心ついてから悪魔大災の頃までの記憶しか戻っておらず、それ以降のことはようとして分からなかった。いや、その先は元々無かったのかも知れない。何故ならば彼の記憶の切れ目は悪魔大災から逃げ惑う最中に、フィルを護って悪魔の攻撃を受けたところで、切れていたからだ。
だから、ショウは街の雰囲気がどう変わったのかを、観察しながらすこし歩いてみることにした。疲れがどんどんピークに近づいて来ているので、寝床を探すことも忘れてはいけない。
人が集まっているメインストリートを見る限り、あまり以前と変わらない様に見えた。行き交う自動車、賑わう商店街、思ったよりも以前と変わらない暮らしをしている人が、多い様に思える。ただ、自分と同じような鎧を着けて歩いている人を時々見かけた。おそらく悪魔と戦う危険性がある職についているのだろう。なんだか、大災以前の文明社会の隙間に冗談めかした空想世界が入り込んでいる様で、ショウには可笑しかった。
無一文だが、コンビニに寄ってみた。需要に応じて商品が変わっているかもしれないからだ。
自動ドアが開き、中に入ったところで、ショウはいきなり驚くことになった。目の前の棚には魔法薬が入ったペットボトルが並べてあったのだ。悪魔騒ぎの中で魔法の存在が明るみに出たからなのだろう。
武器の展示台も目を引いた。銃刀法はもう廃止されたのだろうか。銃や剣が当たり前の様にごろごろと展示されている。
店員は武器強盗を防ぐために屈強な男が行っていた。入った瞬間の「いらっしゃいませ〜」や「お弁当温めましょうか?」などはかなり不気味だ。
ポスターにも目を通してみる。
『最新の対悪魔兵器、マナ・セイバー(\1,000,000)近日入荷!※《マナ》を自在に操れる方でなければご利用になれません。ご了承下さい』
『pink cats
LIVE!フィルのシャウトで盛り上がれ!!フェイクのテクに酔いしれろ!!1月17,19,21日』
『サスペンス映画ソシオパス公開中!悪魔を超える恐怖を貴方に』
どうやら、こんな世の中でもライブや映画はやっているらしい。それはショウにとってとても嬉しい話だった。フィルもミュージシャンを目指してた。どうやら門は閉ざされていないらしい。
「ってオイ!」
ショウは突然叫んだ。そして真ん中のポスターをもう一度まじまじと見る。間違いない。フィルだ。彼女はショウの育ての親である魔術師フェイクとともに音楽の世界にデビューしていた。
「アイツもうデビューしてんのかよ。スゲェ!!危ねぇ、あんまり当たり前の様に書かれてあるから見落とすところだった。っていうかなんでフェイクまで…?」
店員や他の客などはお構いナシに独り言がペラペラと吹き出してくる。そこへ、
「なぁ、兄ちゃん兄ちゃん」
ゴロツキっぽい店員がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「良けりゃ縮小版のコピーやろうか?」
「マジで?!くれんの??」
ショウは敏感に反応した。
「あぁ、ただし、条件がある。コイツをデビルハンターズギルドに届けてくれ。俺はどうもデビルハンターって人種が嫌いでな」
そう言って店員がレジの下から取り出したのは「マナ・セイバー」とやらの宣伝チラシだった。全部で三枚程ある。
「デビルハンター??」
ショウは首を傾げた。
「よく分かんねーけどそういう店に届けりゃいいのか??」
「お前さん、そんな鎧を着込んどるってぇのにデビルハンターズギルドも知らねぇのか?!」
「山に篭もって修行してたんで世間に疎くてな」
ショウは適当なことを言って誤魔化した。
「で、何のための施設なんだ??」
「悪魔関連の何でも相談所だ。要するに『上級悪魔ベイクボイルド:ニーヅ付近に潜伏中:賞金\5,000,000』だの、『私どもの村に悪魔がやって来て、生娘を要求して来ております。もう限界です!どうかお助けください!!少ないですが賞金1,000,000円でお願いします』みたいな情報の総元締めさ。で、その悪魔の賞金や、クライエントの謝礼金で生計を立てている連中がデビルハンターだ」
「なるほど。で、その建物はどっちに行けばあるんだ?」
「ここを出て、右に三つ程行った所だ。デカイ看板が付いているからそう迷わんだろう。あと、命が惜しけりゃあそこでもめごとは起こすんじゃねぇ。分かったな」
「ハハハ、心配いらねぇよ」
ショウはそう言いながらポスターを取った。
「そうか。それならほら、オマエさんのお望みのフィルちゃんのポスターだ。あぁ、それから、報告に戻ったりもしなくていい。ギルドの話なんざ聞きたくもねぇからな」
店長は前払いでフィルのポスターを渡してくれた。
「オイオイ、そんな適当でいいのかよ?」
ポスターを持ったまま、仕事はせずにとんずらする可能性もあるではないか。歩き通しでかなり疲れているショウにとってはありがたい申し出だが。
「気にすんな。もう今日はもうライブ最終日の21日だ。」
「えぇ!じゃあ……」
早くしないとフィルを見失ってしまうだろう。
「オマエさん、追っかけかい?次は一週間置いて、トキワの、フィルナディア武道館で演るらしいぜ?」
「へぇ、あのフィルナディア武道館で…!そりゃスゲェ!!こりゃあ、冷やかしに行かなきゃだな」
ショウは再び驚いた。
フィルナディア武道館は、収容人数13000席以上という巨大なホールで、ここでライブを開くことは、ミュージシャンにとって憧れとなっている。
店長は少し眉をひそめた。
「……あんましストーカー紛いなことはしない方がいいんじゃねぇか?」
「幼馴染だっ!」
ショウは少しムキになって言い返した。
「へーいへいっ。」
無論、説得力など欠片も無いが。
「……まぁ、いいや。そんじゃ、まぁ行ってくるわ。なんだか、色々とありがとよ」
最後にそう言って、ショウは店を後にした。
「あのガキ、妙に疲れた面してやがったが、ホントに大丈夫なんだろうな」
店長は一人呟いた。
街の丁度反対側にて、フィルとフェイクは、マネージャーとスタッフを連れてライブ後の打ち上げをしていた。
「それでは、本日のライブの成功を祝って、カンパーイ!!」
乾杯の音頭を取ったのはマネージャーのフトシ、ふっくらとした体型に丸いメガネの愛らしい外見に、pink cats海外進出という野心を忍ばせた、《自称》計算高い頭のキレる男である。
「「カンパーイ!!」」
フィル達は笑顔でグラスを合わせた。ビールの泡が弾ける。
「いやぁ、やっと全行程の半分まで来たね!後は東フィルナディアだ!」
フィルが上機嫌に言った。
フィル達は今、全国ライブツアーの旅をしている。
悪魔大災以後、都市と都市の間を移動することはとても危険になった。勿論、普通のミュージシャンはこんな危険なご時世に全国ツアーなんてやらない。が、フィル、フェイク両名の強い意志により、この企画は強行されることとなった。
「二人の活躍は海外でも好評で、《ブレイヴ・ロック・アーティスト》(勇気あるロックアーティスト)なんて言われてるみたいだよ」
フトシがビールをゴクリと飲みながら言った。
「最初は大反対だったけど、これだけ成功が続くと悪魔なんて障害はなんとでも出来る問題に感じてしまうよ」
「そのなんとでも出来る問題を回避してアンタ等スタッフを運ぶためにこっちは命を賭けているんだがな」
そう呟いたのはあらゆる手を尽くして悪魔から逃れるプロ運び屋のタロウだった。
「悪魔は間違いなく人類という種の危機だ。なんせ、唯一人類を好んで捕食する生命体なんだからな。我々は彼等から見れば、牧場の牛に過ぎない」
「そんなコトないよ。ただ、今までこんな状況になったことがないから後手に出てるだけ。タロウさんもマナのチカラ持ってるんでしょ?生物っていうのは天敵が現れると進化するからね。そんなに悲観しちゃダメだよ」
フィルは明るく言った。
「でもフトシさんも軽く言い過ぎだよ。悪魔っていう障害は大きな障害だけど、なんとかしなければいけない問題なの。なんとかなるとか、ならないとか、じゃなくて。だからアタシ達も、タロウさん達運び屋も頑張るんだよ。でしょ?タロウさん?」
「さぁな」
そう言ってタロウは巻き毛をいじりながらそっぽを向いた。フィルが苦手らしい。
「でも、フィルちゃん。だからと言ってデビルハンターの真似事は行き過ぎじゃないかな?これだけは今でも絶対反対だからね」
フトシは楽しい席にも関わらず、厳しい口調で言った。
「いやぁ、皆のアイドルであるフィルちゃんとしては、善良な良い子、良い紳士、良い淑女、良いおじいちゃんおばあちゃんのピンチを救わずにはいられないんよ、これが」
フィルはそう言って笑った。
「とか言ってるけど、実際狩るのはほとんどわしなんだよね〜」
と、フェイクが茶化す。フトシ以外の皆がどっと笑った。
「それはアタシが弱いんじゃなくてフェイクが強すぎるんだよー」
フィルは笑いながら突っ込んだ。
そこで、フトシは大きく息を吸って、
「フィルちゃん!!」
と怒鳴った。フトシは場が白けるのを意に介せずに続ける。
「事務所の方で、君にデビルハンターの副業をさせてはいけない、という方針が送られてきているんだ!君は売れてきたんだ!昔は宣伝活動の一環として仕方なく認めてきたが、今はその昔とは違う!!ここは平穏無事に全国ツアーを乗り切って、今後は芸能活動だけに専念してもらわなければいけないんだ!!
今日、ライブに行く途中、悪魔教団に追われている小さな女の子を助けて、ライブに遅れそうになったそうだね!!」
「いけない?アタシ達が助けてなければ今頃悪魔のイケニエになっててもおかしくないんだけど」
フィルは先程までとは正反対な、冷たい口調で言った。フィルのフトシに対する怒りが広がっていくのと共に、場の空気もぐんぐん下がっていく。
「今後は!そういうことは絶対に無い様にしてもらいたい!!」
フトシは青筋を立てて言い切った。
フィルは大きくため息をつき、
「あ…」
あのねぇ!と言いかけてフェイクに止められた。そのフェイクが代わりに口を開き、
「もし、今後ワシ等がデビルハントを行ったとして、貴方や事務所の方々に止める権利は本当にあるのかね?よく、考えてみるといい。ワシ等が売れているのなら、そして海外が関心を示しているのなら、ワシ等を手放すことなど出来はしないだろう?
自分達の利益を何よりも優先し、少女の命の危機を無視させるのが貴方達のヤリカタならば、pink catsには貴方達を見限る準備ある。ゆめゆめ忘れぬ様にね」
とニコヤカに伝えた。これにはフトシも震え上がった。
宴会は最早修復不可能な程にシラケたため、フェイクとフィルの軽い謝罪と同時に解散となった。
ふと、ショウは疲れを感じた。食べ物も口にしていない。気になりだすとトコトンしんどくなるものだ。
可能な限り疲れを気にしないように努めて歩いて行くと、Devil hunter's
guildと書かれたピンク色のネオンライトを見つけた。政府の作った施設にしては妙にいかがわしい。
樫の木で作られている扉を開けてショウはギルドの中に入った。
外観はなんだか怪しいが、中は職業案内所の様な雰囲気だろう、と予想したショウだったが、どういうわけか中はカクテルバーになっていた。カウンターでは忍び装束を着たショウと同じ位の年の少年が(どこから見ても立派な未成年なのだが)ちびりちびり飲んでいた。彼は一瞬こちらへ好奇の目線を送ったが、またすぐに酒を飲みだした。奥のテーブルではピンクなローブを着た色黒の女、甲冑を着込んだ男、まるでプロレスラーの様に筋肉質な男が大騒ぎの宴会をしていた。
「ホントにここでいいのかよ…」
ショウは不安になってきた。
とりあえずバーテンに聞いてみる。
「コンビニ店長に頼まれて武器のチラシを届けに来たんだが、ここでいいのか??」
「あぁ、普通人が作ったマナ使いの武器っていう、アレ?普通人ごときにマナの神秘が分かるワケないっての。貼るだけ無駄だし、持って帰ってよ」
バーテンはしっしっと手を動かした。完全にマナが使えない者を見下している。店長の頼みが妙におざなりだったのは、どちらにせよ交渉失敗に終わることを見越しての判断だったのかもしれない。
「使っても見てねーのに結果が分かるってのかよ。マナパワーのビームサーベルみたいだぜ。威力凄そうじゃん?」
ショウはなんとか引き取ってもらおうと押しに出た。臨時バイトとはいえ、この程度で引き下がったとあっては彼自身のプライドに関わる。
「あーのね〜〜。オレ達マナ使いは優れた人間なんだよ。普通人の考えた武器なんて必要ないって〜の。」
バーテンはそう言って首を横に振ってから、奥で飲んでいる三人組に声を掛けた。
「ネェネェ、ちょっとアンタ等さぁ、このガキが寝言抜かしてるんで追い出してくんない?」
「あぁ、聞いてたぜ。オイ、坊主、痛てぇ目見たくなけりゃとっとと出て行きな?普通人のポスターなんざ貼られた日にゃぁ酒が不味くなるんだよ」
筋肉質な男が立ち上がった。
「あんだよテメェ等、使っても見てねーのに偉そうにカタってんじゃねーよ。飲み会ぐちゃぐちゃに潰されたくなけりゃあオレのバイトに首突っ込むんじゃねぇ!」
ショウは中指を立てた。
「そこまで言ったからには我等S.E.A.とやり合う覚悟は出来ているんだろうな」
甲冑の男がスラリとサーベルを抜いた。
「だっせぇ数打ちの剣使ってるハリボテ剣士が!てめぇもうちょい奮発して、コレぐらい切れる剣使ってみせろや!」
そう言ってポスターを一枚丸めて剣士に投げつける。しかし、そのポスターは彼に当たる前に空中でボッと光って焦げ落ちた。顔をサロンで黒く日焼けさせた女が何か唱えたらしい。
「さっきからさー、飲んでる横でごちゃごちゃとうざいんだよねー。マジムカツクからさっさと失せてくんない?」
「やだね」
ショウはそれだけ言った。このテの女と真っ向から口喧嘩したところで勝ち目は無きに等しい。
そして2秒間程一触即発の空気が流れ……
「あのー、こっちは楽しく飲んでるんだけど……」
カウンターにいる、忍者の少年がたまらず言った。
「飲んでないで加わってよー」
と、バーテン。
「えぇ、このケンカ絶対参加なの?!」
少年はとても嫌そうな顔をした。
「じゃあ、こっちサイドで」
少年はショウの方へとまわって三人組と対峙した。
「は?」
いち早く突っ込んだのはショウだった。
「なんでこっちなんだ??」
「なんとなく。同年代だから」
「ちょっとーーー!!!」
バーテンが悲痛な声を上げる。その声を皮切りにして全員が動き出した。
忍者の少年は剣士の男の間合いへいち早く踏み込む。ショウも魔法を唱えだした。
「光よ!」
向こうのガングロ魔術師も何かをごにょごにょと唱えだしている。
忍者の少年を迎え討とうと、剣士がサーベルを横薙ぎに払おうとする。が、それよりも早く少年は何かをサイドスローで投げる様な動きをした。するとそれだけで烈風が起こり、剣士はガングロ魔術師の後ろの方の壁に叩きつけられた。
筋肉男がショウに渾身の一撃を叩き込もうと振り上げた右腕が、ギャル系魔術師のサポート魔法で左腕の倍に膨らむ。ショウはそれを気にせず呪文を唱えた。
「全てを薙ぎ払え!!」
そこに呪文ごと粉砕せんと筋肉男の大振りな拳が鼻先に叩き込まれる。
「痛てぇな」
ショウは当たり前の様に、平然と踏み止まっていた。それどころかどこも傷めていない様にも見える。そのまま、ショウは右の掌を筋肉男に向けて叫んだ。
「光波(リ・ザムラ)ー!!!」
直径50cmはある極太の光線がショウの掌から迸り、筋肉男の腹部に当たって爆発した。バー全体が揺れて、周辺の床やテーブルが吹き飛ぶ。
筋肉男は光線を受ける瞬間、腹部に《マナ》を集積させて衝撃に耐えたものの、完全に威力が抑えられなかったと見え、全身をボロボロにしてどうと倒れた。
「なんだ、図体デカい割にこんなもんでダウンか。根性無ぇな」
ショウは呟いた。
「だったらオマエが耐えてみろ!!怒りの雷を我が仇へ!!《雷光(オル・ディム)》!!」
ギャル系魔術師がショウを指した指先から放電現象が起こり、ショウへ向けて何度もジグザグに折れながら雷光が走る。が、忍者の少年が懐から黒いシルクの布を取り出し、それに《マナ》を伝えてショウの目の前に投げると、雷撃は全て布に吸収されて消えてしまった。使命を終えた布ははらりと落ちる。忍者の少年が行った、一連の鮮やかな手並みに、雷撃を迎撃しようとしていたショウは驚いた。
「風祭流忍術《布遁》ってやつサ」
少年がこちらを向いてにっこり微笑んだ。
その隙を突いて剣士が吹き飛ばされた位置から一足一刀で跳ぶ。
「《転移(ムー・ル)》」
ショウがそう呟くと、その身体は忍者の少年の元へ転移した。そして彼は、剣士が振り下ろすサーベルを素手で無造作に掴み取る。
「借りは返しとくぜ?」
そう言ってショウはサーベルの刃を掴む手の握力を強める。サーベルはパキンと小気味良い音を立てて折れた。
「オォ、折れたあぁぁァァア!!!!!」
叫ぶ剣士。
「やっぱし買い換えるべきだったな。毎度アリッ!」
ショウはもう一方の腕で剣士を殴り倒して、その額にポスターを一枚貼り付けた。
「さて。あと一人」
ショウと忍者の少年はギャル系魔術師の方を見た。
「えぇっとぉー。アタシィ、そろそろ用事あるしぃ、もう帰るねぇ〜」
ギャル魔術師は言って、ショウ達があっけに捕られている内にまんまと逃げ出してしまった。
「ちょ、ちょっと困るよ〜!」
バーテンの声は虚しく響き渡り、その場にはショウと忍者の少年、そしてバーテンだけが残された。倒された二人のデビルハンターはちょっとやそっとじゃ起き上がりそうにない様に見える。
「さて、と」
ショウはバーテンの肩をポンと叩いた。
「さぁ、商談(ビジネス)に入ろうか」
「あと、ファジー・ネーブル追加ね」
忍者の少年は何事も無かったかの様にカウンター席についた。
「君も一杯どうだい?ココ、バーテンの性格の悪さと反比例していてなかなか旨いよ」
「そうだな。これだけ素晴らしいパンフレットを貰ったんだ。ジントニックとおつまみのチーズぐらいなら、タダになるだろ」
ショウがそう言うと、横に座った少年はクスクス笑った。
「それにしても君、魔法使いなのに丈夫だね〜」
「まぁな。フェイク、……師匠に徹底的に扱かれたからな。肉体的に弱っちい魔法使いに精神的にも脆い、ってよ」ショウは出てきたジン・トニックを一口呑みながら言った。
「オレはショウ。孤児だからセカンドネームは無い。アンタは?」
「風祭舞優。職業はデビルハンターじゃなくて、アサシンなんだ」
「ブッ!!」
ショウはアサシンと聞いて思わずジン・トニックを吹いてしまった。
「さり気なくとんでもない事言いやがって。いいのか?そんなに簡単に明かして」
「あぁ、政府もお得意様だし、悪い奴しか殺さないことにしてるんで、なんとか指名手配はされてないよ」
舞優はクスッと笑った。
「へぇ〜。なんだか何処かのスパイ映画みたいでカッコイイじゃん。」
舞優の仕事に興味をそそられたショウは、ちょっと意地悪な質問をしてみることにした。
「じゃあよ、とんでもなくイイ奴なんだが、あと一年で最悪な大魔王になっちまって、ソイツが暴れたら世界は破滅。アンタなら殺るか?」
「殺るよ。でも、ソノ人がもしもタフな人だったら、大魔王の本性を抑えられるかもなぁって、最後の最後まで期待しちゃうかもしれないけどね」
そう答えた舞優は、目を瞑って何かを考えている様だった。それを見たショウは、
「悪りぃ、なんだか嫌な過去とか思い出させちまったか?」
と、慌てて言った。
「いや、そんなことは無いよ。唯、そんな仕事が来なければいいなぁって、さ」
舞優は何かを願う様に両手を組んだ。
「そうだな。……ちょっと悪いことを聞いちまったな」
ショウはそう言いながら、ジンをもう一口呑んだ。
「イヤ、そんなことはないよ。真面目に考えなければいけない問題だし」
舞優は少し遠い目をしていた。
その後、グラスに入ったカクテルがなくなるまでショウと舞優は語り合い、打ち解けていった。ショウにとって彼はこの年になって初めて出来た同性の友人となった。
「じゃ、オレそろそろ店出るわ。寝ぐら探しもしなきゃなんねぇし」
ショウは席を立ちながら言った。
「ああ、またね」
「おう、またな」
二人は互いに再会を約束して別れた。
ショウが店を出た後、バーテンが今までと違う、低い声で囁いた。
「本当に…、殺ってもらえるんだろうな…。」
「殺るさ」
舞優はそれだけ言った。
「さっきなんてなかなか良いチャンスだったじゃないか…?」
バーテンはショウの使っていたグラスを丹念に拭き取りながら言った。
「あのさ…、オレのシゴトに文句付けないでくれるかな?」
舞優は冷たい瞳でバーテンを睨みつけた。
「……でも、もしカオスの破壊本能を抑えられたらって、本当に最後の最後まで期待しちゃうかもしれないね……」
舞優は懐から二枚の写真を出した。
一枚は流星雨を受けて滅びた北の軍事大国ヴァールの滅びの瞬間を軍事衛星から撮影したもの、もう一枚はイカレた薄笑いを浮かべながら《流星雨》の魔法を発動する、白衣に身を包んだショウの姿だった。
「奴が《混沌の魔力》を消耗した今が、最初で最後のチャンスなんだ。そうそう長くは期待してはいられない。…それに、奴の暗殺はもはや国家で決定されたことだ」
バーテンはそう言って、わざとグラスを落とした。脆い硝子で出来たグラスは木製の床と衝突して砕けた。
ページをめくる
ページを読み返す
目次に戻る