デビルハンターズギルドを出たショウは、よろよろ左右に揺れながら、深夜の街を彷徨っていた。今になって、酒は呑まなければ良かった、と思いながら。まぁ、おつまみも食べて空腹が大分解消されたのは良かったか。
とにかく、早く寝ぐらを見つけたいところだ。いくらなんでも公道の真ん中で大の字になる気にはなれない。
公園のベンチでもあればと思いながら、酔っ払った頭と、疲れた身体をひきずって歩くのだが、なかなか公園は見つからない。
そしてショウはとうとう通行人にぶつかった。大きく仰け反る。体勢を立て直してから壁際でじっとこちらをうかがっているソイツに、
「って〜なコラァ!気ィつけろやァ!」
と凄む。しかし、
「アレ??」
ソイツは自動販売機に化けていた。いや、ショウが人だと思って絡んだ相手は、自動販売機だったのだ。
「ックショーめィ!何処へ逃げやがったァ〜!」
ショウの脳みそは、相手は逃げたのだと、自分勝手に判断を下した。
そして、ショウは妄想の中の相手を追いかけようと、全力で走ろうとする。
ふと、小さな小石があった。酔っ払いは当然の様につまづいて転んでしまった。
意識が朦朧とする。まるで上目蓋と下目蓋が恋でもしたかのように、ひとりでに目が閉じられた。
その一瞬だけで、公道で寝ることへの羞恥心なんてどうでも良くなってしまった。なんせ自動販売機にケンカ売ったのだ。
――眠い。寝ぐら、ココでイイよ。
ショウはそのまま眠りこけてしまった。
一時間程過ぎた。
もう夜中の三時半だろうか。ショウは歩道のど真ん中で熟睡している。
そこに、この時間にしては最高に不自然な、10歳前後の小さな少女が通りかかった。
「…外人さんの行き倒れかな?」
少女はその辺に落ちていた街路樹の枝でショウの銀髪をつっついた。
「……外人さんなら金髪か。じゃあ、若年寄ってヤツかな」
一人で呟く。
「フィル…むにゃむにゃ」
ショウの口から寝言が漏れる。
「パパやママと同じ魔法使いみたいだし…、介抱してあげてもいいよね」
少女はポケットから携帯電話を出して、タクシーを呼んだ。
ショウが目覚めると、そこは朝の日差しに包まれた部屋の中だった。
「あ、目が覚めたんだ?」
10歳程の少女の声が眠い耳に届く。その声は何処かフィルに似ていた。寝ぼけたショウは、
「オー、フィル。そっか。全部夢だったんだな」
と言った。少女はクスクスと笑い、
「どんな夢を見たの?」
と、フィルのフリをした。
「さァ。ワケわかんねーよ。今よりずっと未来の夢だ。身体は大人になってるし、《悪魔》とかいうバケモノは出てくるし、機動隊に銃を突きつけられたり、バーの中でファンタジー小説とかで出て来る様な冒険者とケンカしたり…、かなりディープな夢だったぜ?」
「ソレ、多分現実だよ。きっと大変な目に遭ったんだね」
「へ?」
ショウは起き上がって少女の方を見た。そこにいる少女はフィルではなかった。フィルは髪を蒼く染めているが、少女の髪は栗色だ。
「私はル・レクチェ。彼女なの?ずっと寝言みたいに名前を呼んでたよ。pink
catsのボーカルと同じ名前だね」
クルリとこちらを向いた少女の瞳は若干垂れ目で、その笑顔には笑窪が出来ていた。
「オレはショウだ。フィルは只の幼馴染で、彼女なんかじゃねーよ」
ショウは頬を赤くしながら目を逸らした。
「ははぁ。ショウさんって只の幼馴染の名前を寝言で呟いたりするんだ」
ル・レクチェはショウの顔を覗き込みながら言った。それから、にこやかに笑いながら、
「これから朝食なんだけど、もう食べれる?」
と聞いた。
「ああ、ありがとよ」
ショウは逸らした目をル・レクチェに戻して答えた。
ル・レクチェが朝食を作りに行っている間にショウはベットから降りて、彼女の父のものなのかぶかぶかの寝巻きを脱ぎ、ベットの横に置いてあった鎧のアンダーウェアを着た。
そしてまだ時間が余っている様なので、ショウは部屋を見渡してみた。
12畳程のログハウスで、奥が寝室、手前がキッチンや茶の間として使われていて、吹き抜けから二階も見える。また、観葉植物が多く、本棚の無い窓の下には必ずと言ってもよい程それが置かれている。この観葉植物はミント、アロエ、弟切草、大麻、マンドラゴラ、ニガヨモギなど、全てが薬草、毒草の類いらしい。
昨日の一日が夢の様に感じたのは、この家がフェイクの家と似た造りだったからに違いない。
やがて、調理を終えてル・レクチェが戻って来た。
「あっ、もう立てるんだ?じゃあ、テーブルまでどうぞ」
ショウはそのままル・レクチェに連れられて食卓につく。
テーブルにはソーセージ、野菜炒め、ジャムパン、アップルパイが所狭しと並んでいた。
「スゲェ!これ全部君が作ったのか?!ってか、毎朝朝飯作ってんのか?!」
そう言ってショウはジャムパンを一口で飲み込んだ。ジャムの甘みが口の中一杯に広がる。
「うん、お父さんもお母さんも《悪魔》に殺されちゃったから。弟はまだ5歳だしね。」
小さな少女は少し寂しそうに笑った。家に見ず知らずのショウを入れてわざわざ介抱したのも、その寂しさがあってのことだろう。
「でも、弟も昨日……」
ル・レクチェは俯いた。
ショウは、もう七時半を過ぎるにも関わらず、弟が姿を現していないことに気付いた。
「弟、どうかしたのか?」
ショウはそっと聞いてみることにした。
「昨日、《悪魔教》に捕まっちゃったの。偶然通りかかったpink catsの二人に私は助けられたけど……」
「フィル達に??」
ショウは心底驚いた。意外と簡単にフィルと会えそうな気がする。
「でもね」
少女は俯き加減で続ける。
「あたしを助けている間に、弟を誘拐してる人には逃げられちゃって……」
「オイオイ…」
ショウはフィルの大ボケが未だ健在であることを確信した。
「その後すぐにデビルハンターズギルドへ行ったけど、『金が無いならダメだ』って言われて、追い出されちゃって……」
ル・レクチェの声は段々擦れていき、やがて目からポツリポツリと、小さな雫が落ちた。ショウの脳裏にあのバーテンのずさんな対応が浮かんだ。
「諦めた…方が…、いいの…かな?」
少女の瞳からは、もはや洪水の様に涙が流れ落ちていた。
――チッ…、ガキを当たり前みてぇに攫ったり、見殺しにする様なダセェ奴等が、今の世の中じゃ偉そうに幅ぁ利かせてやがるってェのかよ。あァ、うぜェ……、何もかもブチ壊してやりたくなるぜ……!
それは正義感なのか。それとも破壊衝動なのか。
ショウは何故か、じっとしていられない程に、熱くなる自分自身を感じていた。
「諦めることは全く無ぇよ。弟は絶対にアンタの元へ戻って来る。オレが、ソイツ等をブチのめしてやるからな!」
「でも…」
ショウはル・レクチェが何か言いかけるのを無視して、残りの朝食を全て頬張り、一気に胃袋へ叩き込んだ。そして、鎧を装着して勝手に二階へ上がり、
「大気の翼を我に!《風翼(ウィル・バー)》!!」
飛行呪文を唱え、窓を開けて飛び出した。身体が風によって支えられ、窓の外で浮遊する。窓の奥ではル・レクチェがショウを止めようと叫んでいる様だったが、キレたショウに届く筈が無かった。そして、
「まずわァ〜!デビルハンターズギルドだぁァア!!!」
ショウが怒鳴ると同時に、その身体は頭を先頭にして、まるでロケットの様な速さでウォーターパレスの空を滑空した。
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