「ふぃる〜。そろそろ起きなよ〜」
フェイクはウォーターパレス・プリンスホテルの803号室をノックした。
「昨日の朝に助けた女の子の兄弟を助けに行こう?」
二人はライブに行く途中、10歳前後の少年少女2人を、ワゴン車に無理矢理押し込めようとする一団を目撃し、それを阻んだ。が、まだワゴンに入れられる前だった少女は助けられたものの、直後にワゴンは少年一人を乗せて出発し、フェイクの《瞬間移動》による追跡を《隠匿魔術》によって振り切って、いずこかへと消えてしまった。
今日や明日に儀式が行われるワケでもないだろうが、早々に助けなければ、昨日の飲み会での問答の通り、《悪魔》の生贄に捧げられてしまう。それゆえ、フェイクは悠長なフィルに若干焦りを感じながら、フィルの部屋のドアをドンドンと叩いていた。
フィルは既に起きていた。ただ、マニキュアを塗るのに集中しているため、フェイクの声は全く届いていない。
彼女ははみ出すことの許されない小さな爪の上を、小さな刷毛でゆっくりと塗りつぶす。そして、
「よっしゃ〜!出来た〜!!」
という声とともにドアが勢いよく開いた。フェイクは、突然開いたドアと壁に挟まれて悲鳴を上げた。
「あら?何でそんなトコに挟まってるの??コレ、今日のネイル。イイでしょ?」
フィルは半透明なピンク色でラメがついた爪を見せた。
「うぅ…、殺人的……」
「ありがとー」
フェイクには爪を見る余裕など残されていなかったが、とりあえずフィルは「殺人的」を誉め言葉として受け取った。
「さぁて、そんなトコで挟まってないで、シゴトの話を始めよー」
「……。30分前からその話をするのを待ってたんだけど……」
フェイクは、脱力して力尽きた。
丁度その頃、ショウは昨日の建物を見てニヤリと笑っていた。
それは平和な朝のデビルハンターズギルド。
バーテンは(堕落気味に)自らの仕事にせいを出し、(自分が儲けられそうな依頼をメインに)依頼のポスターを貼っていた。
奥ではいつもの三人組がダベっている。バーテンは、よく考えるとコイツ等が仕事している所を見たことがない。もしかするとなんちゃってデビルハンターかもしれないが、まぁいいだろう。バーテンと同じで、この街の悪魔対策関連機関はみんな腐敗している。
『陵辱モノの裏ビデオで使用する、インキュバスの逸物の剥製を持って来い。金は一千万出そう』
成金ヤクザの依頼だ。バーテンはそれを見ながらいやらしい笑みを浮かべた。
――やはり依頼はこうでなければ。清く貧しい一般人を助けた所で、仲介料は取れやしねぇ。
ところが、そのポスターを貼った瞬間、掲示板が謎の爆発を起こした。バーテンは何が起きたのかすら分からないまま、反対側の壁に叩きつけられた。
よろよろと起き上がった彼は見た。ひらひらと宙を舞う淫靡な依頼のポスターを、不敵な笑みを浮かべた銀髪の少年が手に取るのを。
「へぇ〜え。国営のギルドでこんな悪趣味な依頼やってんのか。想像つくぜ?オマエがこんな依頼ばっかやってるワケ」
掲示板があったところの壁に大穴を開けて入ってきたのは今にも暴れだしそうなショウだった。
「仲介料が目当てだろう?国から払われる給料だけじゃ不服らしいなァ」
「ひっ、ひぃ〜〜〜〜〜〜!!!」
バーテンは震え上がった。
「やァッかましィイ!!」
ショウは怒鳴りながらバーテンのこめかみにまわし蹴りを叩き込む。
「男のくせにヒィヒィ喚いてんじゃねぇ!」
バーテンは鼻から流血しながらガタガタと震えている。ショウはそのままバーテンの髪を引き上げ、至近距離から銀の瞳で睨みながら、
「《悪魔教》!アジト!今!教えなけりゃア!ブチ殺ス!!!!」
何故かカタコトのフィルナディア語で言った。
「し、知るわけないじゃ…グギェェエ!!」
ショウは話を聞かずにいきなり右手の人差し指をへし折った。
「死ヌか??」
「街外れの……廃ビル群の……一角にある……、整備された……ビルに……」
「おーおー。やっぱ存在を知りながら野放しにしてやがったか。その方がそいつ等が起こす事件の氷山の一角として、チンケな依頼がイッパイ来るもんなァ!!」
ショウは言い終えると同時にバーテンを殴り倒し、入った時の穴から去って行った。
「お…、鬼だ……。銀髪鬼が出た……」
こうして、呆然とショウを見送ったなんちゃってデビルハンターチームS.E.A.の三人組は、ショウに《銀髪鬼》の二つ名を付けた。
正義の味方には大きく分けて二種類が存在する。即ち、よく考えてから行動する者と、全然考えずに己の感情だけで大立ち回りを演じるバカだ。フィルとフェイクは二人とも、前者だった。よって、本日のイケニエ救出劇も、ホテル内での綿密な会議の後に実行される。
「まずは、どうやって男の子の安全を確保しようか?ってトコだね。アジトの中に忍び込んでみる?」
「うーん。まず発見されるだろうね。ワシ等隠密行動苦手だからね〜。フィルに至っては何も無いトコで転ぶ天才だし」
「そ…、そんなコトないよっ!」
フィルは必死に否定した。
「フェイクだって自分のロン毛にムズムズしてくしゃみするじゃん」
「そ、それは言わない約束じゃないのかな?どこでワシのファンが聞いているか分からないし」
フェイクは挙動不審に辺りをキョロキョロと見回した。
「まぁ、とにかくワシ等に隠密活動は無理だよ」
「じゃあ、他に良いテがあるの?」
フィルの質問に、フェイクは「我に秘策有り」と言わんばかりに会心の笑みを浮かべ、
「ワシの一番得意な魔法の種類、知ってるよね?」
と言った。
「うん。《転移》魔法でしょ?昨日撒かれたけどね。あっ!」
フィルはフェイクの考えに思い当たった。
「ナルホド。子どもをアジトの外まで瞬間移動させて助けるんだね?」
「その通り。そのアジトの大きさは分からないけれど、それさえ出来れば、事件は綺麗すっきり解決ってワケさ」
「おぉ〜。無駄な血も流さなくて済むし、バッチリな作戦だね」
「でしょでしょ。それじゃあ、敵のアジトへレッツゴー☆」
「ゴー☆……って、アジトの場所って何処だっけ……」
「…………」
凍った空気が流れた。
「と、とりあえず、この街のギルドは腐敗してて使い物にならないから、スラム街の情報屋を当たってみようか」
「そ、そうだねぇ〜」
そこは寂れた町外れ。悪魔大災当時から修復されていない、悲惨な廃墟が並んでいる。しかし、中に一つだけ、今でも整備の行き届いたビルがあった。ビルには『聖アレル会、総本山』と書かれた大きな看板が下がっている。
「どっからどう見ても、このビルだなァ」
空中静止したショウは一人でそう呟くと、ときの声を高らかに上げて、ビル最上階の窓へと突っ込む。迫り来る防弾硝子窓を前に、ショウは拳を顔の横に構え、頭が窓にぶつかる手前で勢いよく腕を振りかざして窓を打ち破った。そして、硝子が割れるノイズと、鋭利な破片をものともせずに、絨毯の上に降り立って、周囲を確認しながら叫んだ。
「年端もいかねぇガキんちょを、捕まえて来ては生贄にして、喜んでやがる糞野郎ってのはテメェ等だな!!ミンチにして犬ッコロの餌にしてやっから、覚悟しやがれ!!!!」
12畳ほどの広い部屋。向かって左の長椅子から慌てて立ち上がり、杖を構えたのがおそらくこの教団の頭。右のソファーから立ち上がった5人の男達はおそらくボディガードで、その内三人が剣、二人が拳銃を持つ。その奥に廊下へ出るドア、そこから敵が駆けつける可能性大だ。正面の机は盾として使える。ショウは瞬時に判断し、
「なンだテメェは〜〜!!!」
「ここを何処だと思ってんだ!?コラ〜〜!!!」
と口々に恫喝しながらボディーガードの二人が発射してきた銃弾を左前方に前転しながらかわし、起き上がると同時に杖を持った教祖の咽喉を貫手で突いた。
「ガフッ!」
潰れた咽喉を抑えてのたうつ教祖。これで当分魔法の脅威は受けずに済む。
更に、剣を手に机の左右から挟み撃ちを掛けてきた男達のうち、右から来た二人の男に彼等の主を投げつけ、なし崩しになっている内に、左から来た男が振り下ろす剣を紙一重で右にかわし、咽喉を掴んで首骨をへし折った。
そして、ピクピク痙攣する男を盾にして、銃を持った二人の男に突っ込む。二人は慌てて銃を乱射したが、それらは全て首の骨を折られた男に当たり、ショウは難なく彼等の側まで移動出来た。
ショウは蜂の巣になった男を捨て、向かって右の男の鼻面を拳で一撃。男は半分陥没してしまった顔を抑えて転げまわった。次いで、左の男がショウの脳天に銃を突きつけて発射しようとするが、ショウは右に移動しながら銃を左に払いのけた。銃弾がショウの頬を掠めて後方へ抜ける。
ニヤリ、とショウは嘲笑った。そして、男の銃を持った腕を左手で固定し、右肘と右膝を同時に男の腕に叩き込む。ゴキン、と嫌な音がして、男の手から銃が離れた。
ショウは目聡くそれをキャッチして、剣を手に、再びこちらへ突っ込んでくる二人に向かって一発ずつ発砲する。二発の弾丸は二人の男の脳天を正確に射抜き、その命に幕を引いた。
あとは簡単だ。顔面を押さえて悶絶する男と、変わり果てた腕を見て苦悶の表情を浮かべる男に、静かに一度ずつ引き金を引けばいい。
さて、『話し合い』の場が整った。
ショウは、この部屋で唯一生かしておいた悪魔司祭に銃を突きつけ、こう問うた。
「昨日さらったガキは生きているか?」
司祭は口をパクパク動かすだけで、何も言わない。というかむしろ咽喉が潰れているために、何も言えない。
「あァ、そういや咽喉潰したんだっけか」
ショウは一人で納得した。
「じゃァな、Yesなら首を縦に、Noなら横に振ってみろや。ついでに言うと、オレは魔術士だ。オマエの嘘を感知することぐれェ簡単だ。妙な真似はすんな」
そしてギラリとナイフの切っ先の様な眼光で睨みつける。司祭は震え上がった。
「とりあえず、さっきの質問。昨日、オマエ等が攫ったガキは生きてンだろうな?」
司祭はガクガク何度も首を縦に振った。Yesだ。ショウは心の中でガッツポーズを取った。
「第二の質問。その子どもの場所、分かるか?」
司祭は首を横に振った。
「あァ?!テメェ、オレ様に嘘つくとタダじゃ済まさねェぞ!!」
そう言いながらショウは胸倉を掴み、拳銃の先を司祭の鼻の穴に捻り込む。司祭は青くなって口を激しく動かした。
――チッ、どうやらホントに知らないらしい。
ショウは胸倉を放した。
――ホントにこんな小悪党がボスなのか??
「第三問目。オマエ、ホントにここの教祖か??」
ショウがそう聞いた瞬間だった。
パララパララララ
奥の扉が音を立てて開き、防弾チョッキ、ブラックレザースーツを装備した数人の兵士が、マシンガンを乱射しながら部屋の中へ踏み込んだ。
ドアの開く音が無ければアウトだっただろう。ショウは右のふくらはぎに被弾しながらも何とか机の中に潜り込むことができた。
司祭は……、いや、もう司祭の影武者と記しておこうか。彼は自分の役目をまっとうし、蜂の巣となって転がった。
兵士達は、一斉に机に銃撃を浴びせる。スチール製の机も、これだけの銃撃には長くは保たないだろう。
「Wow、大したニギヤカにやるじゃねェか。Show time の時間か?」
ショウはこの、死と隣り合わせの緊迫状況を逆に楽しんでいた。
「それじゃあ、魔術士ショウもとっておきのマジックでShow time に参加してやるよ」
そして、ショウはマシンガンのノイズをバックコーラスに、自慢の魔法を唱えだした。
「フェード・イ・シェイド・イム・アシェイド《影身(シェイド・バディ)》!!!」
…………。その詠唱を最後に、侵入者の声はぷっつりと途絶えた。そして、魔法による光も音も無い。
何も起こらないじゃないか。兵士達はそう思い、さらに銃撃を浴びせた。
ボロボロになっていく机、弾丸の何発かはスチールを貫通して、侵入者の身体に突き刺さっている筈だ。
兵士達のリーダーは銃撃を止めさせ、トドメとばかりに机の裏側目掛けて手榴弾を投げた。
中規模の、だが、人一人殺すには充分な爆発。机が手前目掛けて高らかと飛んで、兵士達の眼前に落ちた。
が、侵入者の肉片だけは見つからない。おかしい。これがあの魔法の効果だろうか。
兵士達はリーダーを入り口に残して散開し、うろたえながら侵入者を探し始めた。窓の裏、影武者の死体の下、天井、ゴミ箱の中、何処にもいない。もう逃げてしまったのだろうか。部隊にほんの少し油断が生まれる。
ふと、リーダーの足元で揺らめくものがあった。それは彼の影。勿論、彼が動いたために影が揺れたわけではない。影が彼の背後でゆっくりと立体化していくのだ。
「た、隊長!!」
部下の一人が気付くも、時、既に遅し。
侵入者――ショウは隊長自身のコンバットナイフを抜き取り、その刃を深々と持ち主の眼球に突き刺していた。
ショウは隊長を引きずりながら、ドアの陰へ移動して銃撃をやり過ごし、隠れる場所の無い兵士達へ、逆にマシンガンの弾を見舞った。兵士達は防弾チョッキを装備しているため、頭を狙って打ち込む必要があったが、なんてことはない。5発程頭を目掛けて乱射すれば一発は当たる。瞬く間に兵士は全滅した。
これで、当面は静かになった。だが、やはりル・レクチェの弟の安否も、この教団の頭の場所も分からない。
――まァ、一番高い所じゃなかったら、一番低い地下だろ。
単純なショウはそう決めて掛かり、エレベーターを探し始めた。
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